「‥ッ ァ‥ …ッ」
もう何時間も、寝室に響くのは耳を塞ぎたくなるような自分の息遣いと、淫猥な水音。
喘がされ、逝かされ、相手のいいように身体を差し出しているのに、
それでも赦されることはなくて目の前が恍惚とする。
「ハッ‥ アッ‥、も、やめ‥ッ」
「なに言ってんスか」
嬌声混じりの抵抗は当然受け入れられず、
見下ろした先で相手の口元が楽しげに歪んだ。
「まだまだこれからじゃないっスか」
クスッとイヤな顔で笑った黄瀬は、
黒子の太腿に手を掛けると下からさらに強く突き上げた。
「うあ、ァッ‥」
体内を蹂躙していた熱がさらに奥へと進み、
強引に身体を割り開いていく感覚に黒子が背中を仰け反らせて喘ぐと、
黄瀬は咄嗟に手首を掴んで自分の元へ引き寄せた。
「ひッ‥」
深奥を抉られた瞬間勢いよく角度を変えられて、走った快感は痛みを伴うほどだった。
「はっ‥‥アッ、ん、っ‥‥」
浅い呼吸を繰り返してその衝撃をやり過ごした黒子は、
上半身を支えるように黄瀬の胸へ両手を付くと、恨めしそうにその目を睨み付けた。
「も、‥ほん、とに‥限界です…っ」
今にも崩れ落ちそうな身体でそう懇願するのなら本気でギリギリなのだろうけれど、
そんなことは今の黄瀬には関係なくて、なおも冷静な口調で指図する。
「なら、もっと腰動かしてほしいんスけど」
「な‥っ」
唖然とする黒子にほくそ笑んだ黄瀬は片肘を付いて上体を起こすと、
無防備に晒された喉元へかぶりつくように舌を這わせた。
「ァ、‥ッ」
するりと伸ばした反対の手で項を掴み、引き寄せるように耳元まで唇を運ぶ。
「早く終わらせたいんスよね?」
鼓膜を揺らす気怠げな声音の裏で、
自ら快感を煽れと追い詰め、仕向け、強要する。
そこに黒子の意思は存在しなくて、
どんなに抗っても最後は黄瀬の思うまま、望むままに従わせられる。
何度も何度も経験して、すでに頭と身体がそれを覚えているのに、
それでも最初から素直にはなれなくて、抵抗することを諦められない。
「もう十分じゃないですか‥っ」
ねっとりと耳朶を食む唇から逃れるようにして身体を引き剥がした黒子は、
行為そのものからも逃れるように震える肢体に力を込めた。
けれど腰を浮かせた途端、黄瀬の両手に捕まり引き戻される。
「う、アッ‥」
「足りないから言ってんスけど」
双丘を掴まれたままグッと腰を擦り付けられて、迫り上がる圧迫感に呼吸すらままならない。
強すぎる刺激に痛みすら感じてもそれを快楽と捉えるように、
もう無理だといくら口で訴えても身体はもっとと欲しがるように、
そういうふうに躾けられた。
物欲しげにダラダラと蜜を垂らす中心に目を遣って、黄瀬はいやらしく笑った。
「黒子っちもこのままじゃつらいんじゃないっスか」
硬く屹立した中心にゆるりと触れて、親指の腹で溢れ出る粘液を塗り込むようにしてやると、
殺し切れない嬌声とともに黒子の肢体が震え、逝かせて欲しいと潤んだ目が無言のままに黄瀬を求めて揺れる。
「その顔、ほんとたまんないっスね」
本人は無自覚なのが殊の外性質が悪くて、
煽っているはずが、いつもこの表情にやられて形勢が逆転する。
背中にゾクっとしたものが走り、黄瀬は快感に耐えるように唇を噛み締めると、
自分よりも先に相手が限界を迎えるよう、塞いでいた鈴口に爪を立てて強制的に追い込んだ。
「ひッ、アァ‥・っ」
けれど吐精させる気はさらさらなくて、
すぐに根元を締め付けると黒子の顎を掴んで強引に目を合わせる。
「だからってイかせないっスけど」
「んっ、な、ん‥、」
今日だけはどうしても流されたくない理由が黄瀬にはあって、
自分が欲するままに、最後まで好きに抱きたかった。
身勝手な我が儘に付き合わされ苦しげに息を繋ぐ黒子を目に、それを不憫だと思わないわけではないけれど、
自分みたいな独占欲の強い男に惚れられたのが悪いと黄瀬は苦笑し、唇を寄せた。
「先にオレの面倒みてよ」
重なる寸前に吐かれた台詞はつぶさに飲み込まれ跡形もなく消える。
けれどその声は黒子の耳奥で残響となって、堪らない気持ちにさせた。
もともと事が始まれば執拗なくらい求め、そう簡単に放したりはしないけれど、
それでも今日はいつもと雰囲気が違うと気付いていながら、黒子には理由が曖昧だった。
それが至近距離で合わせた視線によって確信に変わり、
鼓膜を揺らした台詞によって、すとんと心の中に落ちてきた。
「やっぱり気にしてるんじゃないですか」
唇が離れた瞬間困ったように囁き、黒子はじっとその目を見つめ返した。
「気にしてないっス」
その答えがそうなのだと気付いていないあたり、
至極黄瀬らしいなと、黒子は目を細めてふわりと笑う。
「機嫌悪いんですね」
「悪くないっス」
すべてを見透かすような黒子の態度が居心地悪くて、黄瀬はぶっきらぼうに吐き捨てる。
今さらこんな表情を見せるくらいなら最初からそう言えばよかったものを、
前日になってこんな形でしか表現できないのだとすれば不器用過ぎる。
それは断り切れなかった約束で、別に行きたかったわけじゃない。
この歳になればよくある付き合いで、単なる人数合わせ。
当然楽しみにしてるはずもなく、ただ隠しているのがイヤだから、事前に告げた。
あっさりとした態度の裏で、無関心を装った裏で、この人はいったい何を思っていたのか。
「なら、心配ですか?」
「そんなわけないっしょ」
口の端を上げてニヤついた黒子をさらに冷たくあしらって、黄瀬は変わらないトーンで急き立てる。
「そんなことより、ほら、続き」
尻を掴み上げ、下から揺するように腰を擦り付けた黄瀬に不意を突かれ、黒子の口から甘く濡れた吐息が洩れた。
それを満足気に眺めながら黄瀬が再び口を開く。
「長引けば長引くほどつらいのはアンタっスよ」
二人が繋がった場処へ指を忍ばせて、
自分を咥え込みヒクつく後孔へゆっくりと爪先を挿入した。
「痛ッ‥はっ‥ ヤ、メ‥ ん、ァ‥‥」
すでに限界まで開き切っているそこへ無理やり侵入してくる長く骨ばった指に、黒子は悶えるように息を繋ぐ。
「指の方が直接イイとこ当たるんじゃないっスか」
言いながら一際敏感な場処へ指を突き立てると、
黒子の全身がビクンっと戦慄き、崩れ落ちる身体を支えようと下肢に力が込められた。
痛みと快感の狭間で生理的な涙を浮かべる黒子を見ていると、このままどうにかしてやりたくなる。
「ツラい?」
わざと悪怯れもせずそう聞いた黄瀬だったが、
黒子は柔らかに口の端を上げ、予想もしなかった声音で返す。
「キミがしたいなら、いくらでも付き合いますよ」
わがままな理由で自分勝手に強要しているのに、
どうしてそんなふうに、なんでもないように言えるのか。
甘く響いた黒子の言葉にどうしようもなく煽られて、黄瀬の理性は簡単に焼き切られた。
「あ ――‥‥くそッ」
悔しげに呟くと、黄瀬は勢いよく起き上がりそのまま黒子をベッドへ組み敷いた。
膝裏に両手を掛け、胸につくほど大きく脚を開かせ、最奥を目指して身体を沈める。
抑え切れず欲望のままに抽挿を速めると、ぐちゅぐちゅという摩擦音が部屋に響き、耳を犯した。
強すぎる刺激に反射的に逃げる黒子の腰を捕まえて、
黄瀬はさらに激しく内側を抉り、穿ち続ける。
「あ、ァ‥ッ」
黒子はただ身体を預けることしかできなくて、朦朧としていく意識を繋ぐのが精一杯だった。
「アッ‥‥はぁっ‥‥き、せくん‥‥も、イく‥ッ」
荒い呼吸の合間に途切れ途切れにそう口にした黒子に、
黄瀬は動きを止めて上から覆いかぶさると、求めるように欲望を口にする。
「なら、オレの名前呼んでイって」
思ってもいなかった要求に黒子は驚いてその目を見つめ返した。
「そのくらいできるっスよね」
「そーいう問題じゃないです‥」
言われて出来るようなことじゃないと分かっていて、なおも恥辱を煽ろうとする黄瀬を憎らしく思う。
けれど次の一言で、そんな気持ちも霧消した。
「そしたらチャラにしてあげる」
こういうところが本当に。
「明日のこと、やっぱり気にしてるんじゃないですか」
「まーね」
さっきまであんなに頑なだったくせに、
こんなときに限ってあっさりと認めるなんて狡猾すぎる。
「ん、‥ッ」
抽挿を再開した黄瀬が黒子の唇へ視線を落とす。
身体はもうずっと前から限界を訴えていてるのに、それが枷となって唇が開かない。
「ァ、ァッ‥‥ん‥っ」
絶頂を誘うように徐々に律動が速くなり、羞恥に震える唇をなんとか動かそうとする。
けれど思うようにはならなくて、淫欲に塗れた黄瀬の瞳に視姦されているような錯覚すらする。
「黒子っち」
おもねるように名前を呼んだ黄瀬に、黒子の身体がビクっと震えた。
「‥‥ッ」
追い詰められ、四方を塞がれ、
黄瀬の視線に耐えかねた黒子は伏し目がちに唇を開く。
けれど黄瀬はそれを許さず、顎を掴んで強引に視線を合わせた。
「目ぇ見てイって」
これ以上ないほど雄の色香を纏った黄瀬に、
黒子はごくりと喉を鳴らしたあとで、上目に睨み付けた。
「注文が多いんじゃないですか」
不満げに寄せた眉根が黄瀬には堪らなくて、
唇を求めながら独り言のようにポツリと呟いた。
「あぁー‥、いかせたくねぇ」
「限界だって言って‥っ」
「そうじゃないっス」
不機嫌な声音がひどく感情的で、黒子はふっと鼻で笑った。
「キミってほんと‥」
続きを言い終わる前に唇を塞がれ、
そこから先は吸い込まれるように相手の耳には届かなかった。
素直じゃないし、あまのじゃくだし、
強がりだし、甘えただし、本当に手に負えない。
なのに、
どこに行っても、誰といても、何をしていても、その面影を追ってしまう。
明日もきっと、キミのいない場所で、キミのことばかりを考える。
そういう不幸があることを、キミは知っているんだろうか。
嫉妬なら数多。
不安なら那由多。
キミの憂いなど足元にも及ばないと、
そういう事実があることを、キミは知っているんだろうか。
悔しいから絶対に、教えてあげはしないけれど。