嘘をひとつだけ

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「もっと高く腰あげて」

そう命令する声は麗らかさに満ちて、また一つ、心に浅くも深くもない傷をつける。

「欲しくないんスか」

猛々しく勃ち上がったそれを入口に押し当てられて、期待に腰が疼く。

答えなければ与えられないことは分かっていて、それが長引けば長引くほどツラいことも、過去の経験から十二分に知っている。

ヌルヌルと擦り付けられ、窄まる襞を伸ばすように熱い屹立が何度もそこを往復する。後孔がヒクヒクと弛緩と収斂を繰り返し、もう待てないと訴えても、それを知っていて相手はわざと侵入してこない。そうやって、一晩中でも焦らし続ける。

噛み締めていた唇をゆるりと離して黒子は口にしたくない言葉を無理やり口にした。

「‥欲しい、です」

もう何年も繰り返していればいちいち回数なんて覚えていないけれど、消え入りそうなほど小さな声でそう囁くのはこれで何度目か。

「じゃぁ、できるよね」

クスリと笑みが零れたのを背後に感じ、再び唇を噛み締める。

「黒子っち 」

自分の言葉に従わせるようにわざと耳元で名前を呼ぶ声に下腹部が熱くなった。

欲しいのは合意なのか、言い逃れるための保険なのか、最初から抵抗などしていないのに、最後は必ず求めさせられる。

「‥‥っ」

腰を高く突き上げて、次に来る衝撃に瞼を閉じる。

「そうそう、いい子っスね」

双丘をぎゅっと左右に割られ、宛がわれた熱がズっと肉襞に喰い込んだ。

「う、ぁ‥、ん‥ッ」

其処から全身へゾクゾクとした官能が走り、相手を締め付けるようにきゅっと後孔が収縮する。

「‥はっ、ぁ、‥」

「相変わらずエロい身体っスね」

反射的に侵入を拒んだ後孔を容赦なく押し拡げ、ぐっと強引に体内へ入り込んだ肉塊に目の前が恍惚とした。

「ア、‥ あぁ‥ッ」

それだけで達してしまいそうな愉悦に手足が痺れ、力の入らなくなった両手では身体を支えられなかった。

がくっと肩が落ち、必然的にしなった背中に、黄瀬が嘲りながら羞恥を煽る。

「えっろ‥」

一気に体内を蹂躙され、あとはもうひたすらに相手の思うまま躰を揺すられた。

「 ひっ‥ぁ ‥や、め‥ッ、ん‥ふ‥ッ」

部屋に響くのは淫猥な水音と、耳を塞ぎたくなるような自分の声と、相手の荒い息遣い。

それを諦めにも似た思いで甘受しながら、いつものように回らない頭で考える。

どうしてこんなふうになってしまったんだろう、と。

 

 

嘘をひとつだけ

 

 

 

 

『黒子っちさぁ、オレのこと好きでしょ』

遠い記憶を辿って行き着くのはいつも決まってあの日の出来事。それがすべての始まりで、発端となったこの一言に今も縛られ続けている。

言葉の端々から痛いほど感じる悪意にも似た好奇心と、身体の隅々から溢れ出る嬉々とした優越感。

それが友達としての「好き」じゃないことはすぐに知れて、より

によってどうしてこんな人をと、自分の趣味の悪さに唾棄した。

『どうしてそう思うんですか』

何を企んでいるのか、何が望みなのか、だったら自分はどう出るべきかを慎重に考えるために、それは時間稼ぎのつもりだった。けれど黄瀬はクスリと笑ってすぐさま答えた。

『黒子っちの視線はちょっとバレバレっスよ』

逃げ道を塞ぐためなのか、脅しているつもりなのか、それだけを取れば害意は明らかなのに、そう言って笑う表情が無邪気で混乱した。

『オレ、いつも女の子からそういう視線向けられてるから敏感なんスよ』

『自慢話ですか』

『今そういう話してないよね』

『ボクにはそう聞こえたので』

『話逸らさないで答えてよ』

真剣な瞳でじっと見つめられ、ほんの少しでも期待した自分に嫌悪した。

『オレのこと好きなんでしょ』

『キミにはそう見えるんですよね』

『そーっスね』

『だったらなんだって言うんですか』

なるべく感情を押し殺した声と表情で、どちらとも取れない曖昧さを含んだのはわざとだった。

けれどそれに構うことなく、まるで駆け引きを楽しむように黄瀬は薄っすらと笑った。

『付き合ってみる?』

毎日のように告げられれば、人の思いなんてきっとこの程度のものなんだろうなと、不思議と怒りも失望感もなくて、ただ妙なくらい冷静だった。

『引くぐらい軽いですね』

『うーん、そうっスかねぇ、まぁ男相手はさすがに考えたことないっスけど』

話すほどにデリカシーに欠けて、これが受け入れられると本気で思っているのだろうかと嘆息すると、表情を緩めた黄瀬が相反して屈託なく笑った。

それが常套句だったのか罠だったのか今となっては分からないけれど、

『黒子っちならいいよ』

その瞬間、魔が差した。

 

 

 

「ひ、ぁっ、‥な、に‥‥ッ」

腕を取られ、唐突に向きを変えられた黒子は思わず上擦った声を上げた。体内に沈められたままの熱が中で摩擦して、強烈な刺激が内側から全身を襲う。

「はっ、‥ぁっ、ん、‥」

向き合うように身体を反転させられ、黄瀬の下に強引に組み敷かれた黒子は遠慮なくその行為を詰った。

「急に‥なにするんですか‥ッ」

「それはこっちのセリフっスよ」

黄瀬は黒子の非難にも動じず、逆に腹立たしげな視線を返した。

「何考えてんの?」

胸中を見透かされ、どきっと高鳴った鼓動に気付かれないよう、黒子は至って平静に言葉を紡いだ。

「別に何も考えてません」

「ウソ、集中しなよ」

簡単に分かる誤魔化しを戒めるように、太腿を強く掴んだ黄瀬が腰をズっと奥へ進めた。

「ひァ‥、 ぁ、 はっ‥ッ」

「ここ好きっスよね」

「ん‥ッ」

首筋を下からねっとりと舐め上げ、耳の付け根まで舌を這わせた黄瀬は、そこで一旦顔を上げると、じっと黒子を見つめながら徐に顔を寄せた。

ゆっくりと唇が近付いて、その意味を知った黒子はびくっと肢体を震わせる。

「それはしたくないって、いつも言ってますよね」

重ねた両手で唇を押さえ込まれた黄瀬は、鋭い視線を返す黒子にふっと口の端を上げた。

「言ってるっスね」

しれっとした態度が殊の外忌々しくて、黒子は冷たく言い放つ。

「なら何度も同じこと言わせないでください」

「オレはしたいんスけど、折り合いはどうつけるんスか」

「最初にそれはしないって約束しましたよね、それをあとから難癖付けるのはルール違反です」

「最初って何年前っスか?もうそろそろ時効でしょ」

「時効なんてありません」

可愛くない頑なな態度も正論も、何もかもが苛立たしくて、黄瀬は素直にムスッとした。

「別にキスの一つや二つ減るもんでもないし、何をそんなにこだわってるんスか」

思い通りにならないとはいえあまりにも理不尽な言い分に、黒子は眉根を寄せた。

「キミの価値観を押し付けないでください」

「あぁ、いつものオレは軽いってやつっスね」

実際の経験としてそれは紛れもない事実なのに、嘲るように冷笑した黄瀬の表情に、黒子はぐっと喉を鳴らした。

「ここまでしていて何が不服なんですか」

「ここまでしてるって、これは合意でしょ」

「でも譲歩してます」

「今さらそれ言うのはズルくないっスか」

平行線を辿る言い争いは重ならない二人の想いを彷彿とさせ、噛み合わないのも当然だと、黒子を納得させる。

「キミがやめたいのなら終わりにしても構いません」

真っ直ぐに向けられる視線は明らかに本気だと言っていて、黄瀬は諦めたように吐息を洩らした。

「そんなにしたくないんスか」

「したくないです」

「オレが黒子っちのこと好きって言ったら?」

ぴくっと黒子の肢体が震え、一気に周りの温度が下がった気がした。

「最低な質問ですね」

そう呟いた声があまりにも抑揚なく無感情で、黄瀬には黒子の心理を窺い知ることが出来なかった。

「そうっスかね」

「えぇ、とても」

「でも好きなんスよね」

それが茶化していようがいまいが、悪戯に人の気持ちを試そうとする行為が腹立たしくて、黒子はキッと睨め付けた。

「今日はもうやめますか」

この手の問いには絶対に答えないと知っていて、それでも聞いていた黄瀬は、断念したようにふーっと息を吐いた。

「分かったっスよ」

不満げな声でそう言って、代わりに鎖骨のあたりへ唇を運び、そこへキスを落とす。

「‥ッ」

鬱血するほどきつく吸うのはこの人のクセで、肌を重ねるたびに、同じように、同じ場所に痕を付ける。

その痕を見るたびに不毛なこの関係を終わらせなければと思うのに、それがあることに安堵する自分がいるから、今の今までずっと何も変わらない。

一度離れたあの時を除けば消えたことのないこの痕は、いつの間にか二人を繋ぐせめてもの証しのように、消えることなく塗り替えられる。

「アトを付けるのももうやめてください」

そうしたら何か変わるかもしれないと、自然と口から出た言葉に、黄瀬は案の定、不機嫌な表情を見せた。

「今日は注文が多いっスねぇ」

「いけませんか」

「別に、ただこれに関してはやめる義務ないっスから」

「続ける権利もないです」

「あぁまぁそうっスね。なら拒む理由を教えてくれるなら考えないでもないっスよ」

「なら、キミにはそうする理由があるんですか」

不敵に笑う相手の表情に挑発されて、先手を打たせてしまったことを黒子はすぐに後悔する。

「決まってるじゃないっスか」

ふっと口角を上げた黄瀬が、心にもないことを言う。

「浮気防止」

気持ちも無いくせに平気でそう言えてしまうこの人を心底無神経だと思うのに、それでも捨てられない想いに嫌気がさす。

「で、黒子っちの理由は?」

先ほど付けたばかりの痕へ重ねるようにしてもう一度唇が落とされ、その刹那、ピリっとした痛みが同じところに走った。

「これでまた一週間は消えないっスよ」

満足げに見下ろす黄瀬の瞳に映るのは意味のない独占欲で、あぁどうしたらこの人を忘れられるのだろうと、黒子は震える唇を噛み締めた。