キスして / 天使・悪魔
「今度は誰の本を読んでるんスか」
新しくなったカバーに気付いて黄瀬がそう尋ねると、
黒子はソファに座りながら少しだけ視線を浮かせた。
「フランツ・グリルパルツァー、劇作家です」
興味ないですよね、と言うように上がった口角に、
黄瀬は釣られるように微笑み返した。
「見せて」
開いているページをそのままに背表紙を掴んで本を取り上げると、
ドサっと黒子の隣りに腰かけ、目に入った場所を読み上げる。
「手の上なら尊敬のキス、額の上なら友情のキス」
これまたロマンチックっスね、と揶揄したあとで、
黄瀬が続きを黙読しながら甘く試すように問い掛ける。
「頬の上なら?」
それはあまりにも分かりやすい挑発で、黒子は拒む気にもならなかった。
「満足感のキス」
「唇の上なら?」
「愛情のキス」
「閉じた目の上なら?」
「憧憬のキス」
そこまで付き合ったあとで、黒子もまた仕返すように問い掛ける。
「キミならどこを選びますか?」
「そーっスね、今ならもちろん首筋から」
流し目にそう答えた黄瀬に、黒子はふっと笑みを零した。
「そういう直接的な誘い方、キライじゃないですよ」
「なら、アンタはどこにキスして欲しい?」
「跪いて、足の先に」
「意味は?」
「隷属、ですね」
その答えに黄瀬はふわりと笑った。
「オレのこと支配したいんスか?」
「ボクだけのものになればいいのにと、そう思うときもありますよ」
茶化すように言った黄瀬だったが、予想に反して黒子がそれに靡くことはなくて、
ほんのわずか、不安に揺れた瞳の奥にぞくりとした。
「たまんないっスね」
黄瀬は言われた通り黒子の足元に跪くと、
片脚を取って、そこへゆっくりと唇を落とした。
「オレはいつだってアンタの支配下っスよ」
「なら、もっとしてください」
「どこに?」
「どこにでも、キミの好きなところに」
言われるままにもう一度足の甲へ口付けた黄瀬は、
そこから足首、ふくらはぎへと舌を這わし、最後に太腿の内側へキツく痕を付けた。
「‥っ」
びくっと肢体を震わせた黒子の瞳に、瞬く間に色が灯る。
「ここにするキスの意味は?」
好奇心からそう聞いた黄瀬だったが、
先を急ぐ黒子に「必要ですか?」と返され闇に沈む。
あぁそういえば、この本はなんと言っていたか。
黄瀬は先ほどの続きを思い出して、
なるほど確かにと、唇に笑みを浮かべた。
掌の上なら懇願のキス。
腕と首なら欲望のキス。
さてそのほかは、みな狂気の沙汰